海水浴は多くの人に楽しまれている一般的なレジャーです。このように海水浴場は利用者が多いため、海水浴中の事故も生じており、訴訟に発展するケースも存在します。この記事ではそのような裁判例から、海水浴場での事故の法的責任について言及しています。
海水浴場での死亡事故と責任主体
平成27年3月12日奈良地裁判決(平25(ワ)281号 損害賠償請求事件)は、海水浴場で起きた少年の死亡事故について、引率者、ライフセービング協会、地方自治体に対して損害賠償請求がされた事案です。以下、引率者、ライフセービング協会、地方自治体のそれぞれの責任の内容について言及している部分を抜粋します。
引率者の責任
上記裁判例は、①事前調査義務,確認義務、②監督監視体制整備義務,現場監督監視義務の2つの側面から、引率者の責任を検討しています。
①事前調査義務,確認義務の懈怠の有無について
海水浴場は,被告管理運営委員会が安全性確保のための措置を講じることを記載した届出をした上で開設された海水浴場であり,同(5)アで判示したとおり,和歌山市のホームページでも紹介されているものである。また,前記1(4)で判示したとおり,…海水浴場は,いわゆる「ドン深(水深が急に深くなっていること)」の遊泳区域を擁する海水浴場であるが,ドン深の海を擁する海水浴場が遠浅の海を擁する海水浴場と比較して水難事故の多発する格別に危険な場所であるということはできないし,被告和歌山県は台風6号が通過した後に…海水浴場の砂浜の砂を波打ち際まで均しており,また,本件事故当日の波は約10センチメートルの穏やかなものであったというのであるから,本件事故当日において…海水浴場で水難事故の発生する危険性が特に高まっていたということもできない。
このような事情からすると,…海水浴場は,いわゆる正規の海水浴場として,特段の事情のない限り,地形的,海浜海流の条件において一応安全であるものと判断されるということができるのであり,他方,海水浴には常に海難事故が生じる一定の危険性があることは否定できないこと,また,前記1(1)で判示したとおり,…泳力が劣るという要因があることを考慮しても,被告…らが,本件海水浴を実施する場所として…海水浴場を選定するにおいて,中学生である参加者ら自身がその保護者の指導の下でそれぞれの泳力に応じた利用をする限りにおいて一応安全であるものと判断して,事前に…海水浴場の危険性を調査するための下見をしたり,本件海水浴を実施した当日にライフセーバーに…海水浴場の危険性について確認しなかったことをもって,被告…らに注意義務違反があるということはできないし,これと異なる判断をすべき特段の事情も認められない。
②監督監視体制整備義務,現場監督監視義務の懈怠の有無について
原告両名は,被告…らが,本件海水浴を計画するに際して,参加する選手らの監視を行う担当責任者を定めるなどしていなかったこと,本件海水浴を実施した現場でも,参加した選手らを集合させて注意喚起を行ったり,入浜状況の監視を行ったり,浮き輪や救命胴衣の着衣を指導したり,あるいは被告…らに代わって保護者らにかかる注意喚起をさせたりなどしていないことについて,義務違反があると主張する。確かに,原告両名が主張するように,本件海水浴に参加する選手らの監視を行う体制を整えて監視や注意喚起を行うことは,水難事故発生の危険性を低減させるという観点からは望ましい措置であるということができるものと考えられる。
しかしながら,被告…らにあらゆる望ましい措置を取るべき義務があったということはできない。前記(1)で判示したとおりの事情からすると,被告…らにおいては,合理的な範囲において参加する選手らの安全を確保すべき義務を果たしていたというべきであり,上記の監視や注意喚起を行うべき法的な義務が存在したとまでいうことはできない。
また,原告両名は,参加する選手らの前日の練習試合による疲労の蓄積や多人数で宿泊した状況などを考慮し,その健康状態を確認すべきであったとも主張するが,…健康状態という要因が本件事故の原因となったと認めるに足りる証拠はない。
ライフセービングクラブの責任
上記裁判例は、該当下記のとおり述べて、ライフセービングクラブの責任を否定しました。
「被告…ライフセービングクラブは,…海水浴場において,これを開設する被告管理運営委員会からその監視業務の委託を受けたのであるから,海水浴場利用者の能力によっては防除しきれない外的危険に対処するための安全措置の一端を担う者として,海浜を監視して水難事故に遭遇する危険のある者を発見して海難事故の発生を未然に防止するための監視体制を備えるとともに,危険と判断された遊泳者及び溺水者に対する救助に速やかに出動できる体制を確保してその任にあたる責任を負うものであるが,前記1(3)で判示したとおり,被告…ライフセービングクラブは,かかる体制を備えていたものと認められる」。
地方公共団体の責任
上記裁判例は、下記のとおり述べて、海水浴場も公の営造物に当たり得ること、また、人的責任がある場合、国会賠償法1条1項に基づき国に損害賠償責任が発生し得ることを述べています。
営造物責任(国家賠償法2条1項)
公の営造物とは,国又は公共団体により公の目的に供される有体物ないしは物的施設をいい,海水浴場や海浜公園も,国又は公共団体により公の目的に供されている以上,公の営造物に該当するものと解される。
被告和歌山県は,…海水浴場が含まれる和歌山下津港の港湾区域を管理し,また,和歌山県知事により,…海水浴場が含まれる海岸保全区域を管理する者であるとともに,…海水浴場が含まれる海浜公園である…ビーチの区域及び面積を定めてこれを告示し,その管理業務等を被告管理運営委員会に委託する者であるから,…海水浴場の海域を含めて,その設置又は管理に瑕疵がある場合には,国家賠償法2条1項の責任を負う。
そして,海水浴場の設置又は管理には,営造物としての有体物ないし物的施設が安全性を確保されたものとして維持されていることも含まれると解されるから,その安全性を確保するための措置として構築された監視体制及び救助体制に瑕疵がある場合にも,国家賠償法2条1項の責任を負うというべきである。
人的責任(国家賠償法1条1項)
また,監視体制及び救助体制を構築する要素となる人的機構が救助活動を行うにおいて,故意又は過失があった場合には,国家賠償法1条1項の責任を負うというべきである。
海洋生物による事故−海水浴場でエイに刺された事案
平成 8年 5月21日東京地裁判決(平7(ワ)2187号 損害賠償請求事件)は、都内の海浜公園で起きたエイに毒針で刺され、後遺症が生じた事故に関する裁判例です。
裁判所は、「本件海浜公園は、被告による管理がなされているもののその基本的性格は前記のとおり自然公物たる砂浜と海であり、古来から人は、海とは、そこに生息する生物との関係も含め、自らの責任において付き合ってきたものであり、海水浴その他により海を利用することによる危険も原則として自らの責任において回避すべきものと解するのが相当である」として、海における遊泳などにおいては自己責任の側面があることを認めています。
その上で、裁判例は、「もっとも、普通公共団体が特定の海域と海浜につき前記内容の海浜公園を開設した場合は、これを利用する者に海浜公園の安全性に対する信頼と期待が生じることは否定できないから、普通地方公共団体が海浜公園を開設した以上、右の信頼と期待にこたえるため、安全性に関しある程度の人的・物的設備を備える必要があることはいうまでもない」として、公共団体の責任について言及しています。
さらに、同判例は、エイなど海洋生物の危険について、「このような観点から本件海浜公園を利用する者がエイ等の海洋生物により危害を加えられる場合の安全性の基準について考えてみると、前記のとおりエイはもともと攻撃的性格ではなく、本件事故以前に公園利用者がエイ等の海洋生物に刺される等して怪我を負ったのは年に一〜二回程度であり、その怪我の程度も軽微なものであったというのであるから、同公園を管理する被告としては、利用者に対しエイ等の海洋生物に注意するよう警告する措置を講ずるとともに、応急措置がとれるようアンモニア水等の薬品を常備し、場合によっては救急車等の手配が迅速にできるような体制を備えておけば足りるというべきである」と判示しています。